隣にいるよ、スカシバさん
スカシバガとは、チョウ目スカシバガ科に属するガの仲間の総称である。
いずれの種類も多少なりともハチに擬態していると考えられ、特にその名の由来となった透明な翅は殊に特徴的だ。
その特殊な形態からあまり身近に感じない方も多いだろうが、実は案外身近なところに生息している種類も少なくないのである。
しかし、なんとなくのとっつきにくさからだろうか、研究はあまり進んでいないといっていい。
もちろん知っている人も少ない。
知ってても探す人がいない。
これはよくない。
とってもよくない。
そんなわけで、ここでは私が出会ってきた愛すべきスカシバさんたちをご紹介したいと思う。
ここを見て一人でも多くの方がスカシバに目を向けてくれると私としてはとっても嬉しいのである。
広がれ、スカシバerの輪。
ちなみにスカシバと聞いてオオスカシバを思い起こす方もいるだろうが、あちらはスズメガ科に属しており、まったく別のガであるため、ここでは扱わない(と思う)。
スカシバさんリスト
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コシアカスカシバ Sphecodoptera scribai (Bartel, 1912)
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オオモモブトスカシバ Melittia sangaica nipponica Arita & Yata, 1987
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ヒメアトスカシバ Nokona pernix (Leech,1889)
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コスカシバ Synanthedon hector (Butler,1878)
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セスジスカシバ Pennisetia fixseni (Leech,1889)
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カシワスカシバ Sphecodoptera rhynchioides (Butler, 1881)
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キタスカシバ Sesia yezoensis (Hampson,1919)
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モモブトスカシバ Macroscelesia japona(Hampson, 1919)
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ブドウスカシバ Nokona regalis (Butler, 1878)
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ムラサキスカシバ Nokona purpurea(Yano, 1965)
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キクビスカシバ Nokona feralis(Leech, 1889)
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クビアカスカシバ Sphecodoptera scribai (Bartel, 1912)
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カシコスカシバ Synanthedon quercus(Matsumura, 1911)
山地や寒冷地で見かけるスカシバさん
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シラホシヒメスカシバ Paranthrenopsis editha(Butler, 1878)
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ヒメセスジスカシバ Pennisetia hylaeiformis assimilis Arita, 1992
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コシボソスカシバ Similipepsis takizawai Arita & Špatenka, 1989
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ミスジコスカシバ Chamaesphecia montis (Leech, 1889)
街でも見かけるスカシバさん
主に街中で見かけることの多いスカシバたち。
彼らのことを少し知ってから街を歩けば、そこかしこに彼らが残した痕跡を見つけることができるだろう。
そう、スカシバさんたちは案外すぐ近くにいたりするのだ。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
コシアカスカシバ Sphecodoptera scribai (Bartel, 1912)
これぞスカシバの真骨頂!と言いたくなるような見事なスズメバチ擬態の種類。
8月上、中旬から発生を始め、9月に入ってもその姿が見られることから個人的に“秋の三大スカシバ”と呼んでいるうちの一種(残りはセスジスカシバとカシワスカシバ)。
スズメバチに擬態しているだけあってサイズも立派なため、自然の豊かなところへ行かなければならないのではと思いがちだが、実は東京都区内のような都会の中でも強かに生息している種だ。
実際、私は世田谷区の某大学キャンパス内でマテバシイの幹から出ている本種の蛹殻を確認しているし、一番数を見たのは某PAに植栽されたコナラだった。また、東京の中野区あたりでも採集されているという噂を聞く。
都会で採集でき、美しく且つ大型と良いところづくめのこの種だが、寒さには弱いらしく北日本や高標高地ではなかなか見つけることができないのが残念なところ。
ホストはブナ科木本各種。クリ、コナラ、クヌギ、シラカシ、マテバシイなどを食害する。
あと、コルク質が厚い木は苦手なように感じる。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
オオモモブトスカシバ Melittia sangaica nipponica Arita & Yata, 1987
モモブトスカシバの仲間は他のスカシバとちょっと見た目が異なり、ずんぐりむっくりふっくらとしたモフモフな仲間だ。他のスカシバがスズメバチやカリバチに擬態しているのに対し、モモブトスカシバ類はハナバチに擬態しているためだろう。
中でもこのオオモモブトスカシバとよく似たシタキモモブトスカシバ Melittia inouei Arita & Yata, 1987.の2種は都会でもよく観察されているという。ホストのキカラスウリがツル植物で狭いアスファルトの隙間や植え込みの上、石垣の側面など空間の隙間を上手に利用できるため、これをホストとする彼らも街中で生息できるのだろう。
ちなみに私の住んでいる長野県でオオモモブトスカシバのことは聞いたことがないし、シタキは生息しているのだがなかなか姿を見せてくれないので写真の撮りようがない。今はただ、そのうち出会えることを祈って歩き続けるほかない。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
ヒメアトスカシバ Nokona pernix (Leech,1889)
コスカシバに次いで街の中で見かけることの多いスカシバである。
ホストはヘクソカズラ。
虫エイは公園や学校、商業施設などのフェンスに絡みついたヘクソカズラで良く見つかる。
その半面山の中のヘクソカズラなどにはあまりついていない。
成虫はそうした食草の近くなどの葉上で呆けているところを見かけることが多い。東北南部以南では普通種と言えるだろう。
コスカシバより一回り小さいが、ちょっと太めなためにコロコロとしていて可愛らしいスカシバだ。
南西諸島では代替種のアカスカシバに置き換わると思われる他、対馬では著しく黒化した個体が見つかるとのことだ。
一度見てみたいなぁ…。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
コスカシバ Synanthedon hector (Butler,1878)
最も身近なスカシバガは?と聞かれたら、まず最初に挙げるのが本種である。
何しろ東京都区内でも普通にみられる種類ながら、標高1000m以上の山の中でも平気で生息しているのである。
日本のスカシバガの中では垂直、水平方向共に最も広く分布する種ではないかとさえ思える。
小型のスカシバガの意で付けられた和名ではあるが、スカシバガ全体を見回せばむしろ大型とさえ言えそうなサイズのため、実際には結構見ごたえのある美しい種類である。
植樹はバラ科木本であり、野生のバラ科はもちろんのことソメイヨシノを初めとした各種サクラやウメ、モモといった栽培品種まで加害するため重要な害虫ともされている。
本種を見たかったら、8月中旬以降に花見の名所へ行けばいい。時間帯は午後1時~3時のクソ暑い時間帯。
加害されている木を見つけたらその根元でじっと待つのである。
そうすれば、きっと卵を産みに降りてきた♀に出会えるはずだ(保証はしないけど
里山や丘陵地、低山地で見かけるスカシバさん
街中から少し離れた郊外。
畑や田んぼが広がり、そこここに雑木林が広がっていればそこでもスカシバさんたちを見かけることができるだろう。
そう、里山でだってスカシバさんたちは隣にいるのだ。
スカシバガ科Sesiidae ヒメスカシバガ亜科Tinthiinae
セスジスカシバ Pennisetia fixseni (Leech,1889)
個人的に”秋の三大スカシバ”と呼んでいる種の一つであり、大型でかっこよい。
コシアカスカシバが平地や市街地を好むのに対し、本種は比較的自然度の高いところを好むように思える。
おそらくは主な食草のクマイチゴが崩壊地やガレ場など攪乱された環境にいち早く入り込む植物であることが大きく関係しているのだろう。
高標高地では8月上旬から発生を始め、筆者の住んでいる標高800m近辺では8月下旬から9月上旬が発生のピーク。垂直分布が広いため長い間発生しているように思えるが、一か所での発生期間は意外と短い。
各地のギャップを飛び渡りながら生活しているためか意外なところで見かけることもあり、比較的簡単に姿を見られる種でもある。
♀は日中産卵に来ているものや夕刻に植物上に出てくるので見つけやすいが、♂を見つけるのは結構難しい。
もっとも、これはスカシバガ全般に言えることではあるのだが…。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
カシワスカシバ Sphecodoptera rhynchioides (Butler,1881)
スズメバチ擬態をした美しい種。
秋に出てくるため勝手に個人的秋の三大スカシバの一種にしているが、他の2種と比べるとサイズは少々小さい。
成虫は顕著な性的二型を示し、♀はキイロスズメバチに、♂はクロスズメバチに擬態していると考えられている。
不思議なことに日本国内でのホストは栽培品種のクリしか確認されておらず、日本に自生している野生植物のホストが分かっていない。また、栽培クリが豊富にあっても分布していない地域が多く、実際の生息地は局所的など本種にはまだまだ謎の部分が多い。
生息地での密度はそれなりに高いようで、生息地域では多くの木に加害跡や蛹殻が見つかる。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
キタスカシバ Sesia yezoensis (Hampson,1919)
本邦産スカシバガの最大種。
でかくて綺麗でカッコイイと三拍子そろった素晴らしい種である。
山地から平地まで広く生息しており決して珍しい種ではないが、かといって誰もが簡単に出会える種類ではないだろう。
ホストはヤナギ類で、ヤマナラシやセイヨウハコヤナギ(ポプラ)からも発生する。
成虫は後食を行わないのか訪花例を聞いたことがない。そのためか本種のオスは異常なぐらい脂肪が多く、採集したものをすぐに展翅したら染み出た油で展翅板がベトベトになってしまったことがあった。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
モモブトスカシバ Macroscelesia japona (Hampson, 1919)
オオモモブトスカシバと同じようなモフモフタイプのスカシバであるが、かなり小さめな種で梅雨から梅雨明けごろに姿を見せる。食草のアマチャヅルがあれば住宅街に残された社寺林など小規模な緑地でも発生していることがある。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
ブドウスカシバ Nokona regalis (Butler, 1878)
ブドウの害虫として有名なスカシバである。また、幼虫は釣り餌のブドウ虫としても有名だったが大量に飼育することができなかったりして、現在ブドウ虫として流通しているものの多くが別のガの幼虫のようである。
本種が含まれるNokona属の各種は狩蜂のなかでもドロバチなどに擬態をしているのか、黒を基調とした色彩をしているものが多い。また、前翅が透けていないのも特徴かもしれない。
関東や山梨あたりで探していると比較的簡単に虫エイが見つかるのだが、信州だとなぜか見つけにくい。かといって生息していないわけではなく、標高の高い山の上で見ることもある。垂直分布は広そうだが、暖かい地方の方が好きな種類なのかもしれない。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
ムラサキスカシバ Nokona purpurea(Yano, 1965)
前種ブドウスカシバに酷似するが、前翅に強い青紫の光沢が乗るので容易に区別可能。ブドウスカシバより暖地傾向が強いようで、西日本ではより見つけやすいようである。神奈川県では半島部で虫エイを採集することができた。自身での採集はこの時しかないためもう少し知見を増やしたいところ。前種と同じくノブドウなどを寄主とし、虫エイの時点で両種を区別することは大変困難なように思える。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
キクビスカシバ Nokona feralis(Leech, 1889)
日本産Nokona属の最大種。体色パターンは他の同属種と大差ないが体サイズはずば抜けて大きく、体調で見れば。本種は当初山地性の稀種と考えられていたが、最近は低地や都市部でも見つかったという話が聞かれるようになった。もともとは山地帯のマタタビ類を利用していたと思われるが植栽されたキウィフルーツへの加害が報告されており、ひょっとしたらキウィフルーツの栽培が広がったことで低地や都市部での生息が可能になったのではあるまいか…などという妄想をかきたててくれる種である。
しかしながら、最近記録が増えたとはいえ生息密度そのものはやはり高くないため、神出鬼没という言葉がピッタリな種類であることは間違いないだろう。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
クビアカスカシバToleria romanovi(Leech, 1889)
日本産スカシバガ類の中でも随一の擬態の完成度を誇り、大型で美麗と非の打ち所がないスカシバガである。
ブドウの害虫なのでそういった場所で探すのがセオリーではあるが、完全な野生個体群というのがどんなところにいるのかが判然とせず、今のところお手上げ状態だ。
飛んでいるところ、特に後ろ姿などはまさしく小型スズメバチ以外の何物にも見えず、たとえスカシバだとわかっていてもネットにいれるのは躊躇してしまうこともあるほど。スカシバ好きにとっては最高峰の一つといってもいいだろうが、農家の方にとっては憎むべき害虫であるという側面もある。
スカシバガ科Sesiidae スカシバガ亜科Sesiinae
カシコスカシバSynanthedon quercus (Matsumura, 1911)
他のコスカシバ類と少し雰囲気の異なる中型種。普通種と言われるが、寒冷地では少なくなる傾向があるようだ。
ブナ科植物を寄主とし、特に栽培のクリを食害することが多いようだ。同じようにブナ科植物の幹を加害するコシアカスカシバとは微妙に好みが異なるようで、太い幹の株が好きなコシアカスカシバに対し本種はやや細く高い位置を好むように感じる。
いずれの種もカミキリムシの加害にあった衰弱部を好むので、そうしたところを目安にして探すとよいだろう。